中医解説

道教・仏教で見る“狭義の神”

心臓に蔵されている“神”とは中医学において、広義の意味だと生命活動、狭義の意味だと精神・心理的活動を指します。

心臓の“神”は狭義のものに当たり、思考・感情といった高次の精神活動をコントロールするものです。

私自身“神”を深く知ってみたいと思い、中国の中医学の本を漁ってみたのですが“神”とは霊魂・意識体というようなニュアンスで書かれていて、調べていて抽象的であり結局なんなのだろう?と疑問になってしまいました。

しかし、探ってみると狭義の“神”を深く語るにあたって古代からの中国伝統文化の複雑な概念が関わってきており、更には道教・仏教といった宗教の概念も関わってきています。

前回の記事では心臓-大脳の連携により、心臓にある“神”は脳の意識・思考・行動までもコントロールする役割があり、そのコントロールを鍛えることが心と身体の《養生》に繋がる、という内容の記事を書かせていただきました。

狭義の“神”は精神心理であり、道教・仏教の長い歴史の中で修行者が人の精神心理を徹底的に観察して病気予防に繋げた《養生》の総括とも言われています。

なんだか難しくなってしまいましたが、そんな哲学的な“神”を道教・仏教ではどのように語られているのか、ご紹介をしたいと思います。

道教で見る“神”

道教で狭義の“神”にあたるものは「元神」言われています。

「元神」は人の霊魂・精神に当たる、といった表現がされています。

「元神」は道教では脳内に存在するとされていて生命活動を主宰するものとなっています。

人は「元神」が存在すれば生きられるが「元神」が壊れてしまえば死ぬ、と言われているようです。

「元神」は四六時中心・精神をコントロールするために働いているもので、道教では「元神」を特に大事にする考え方をしています。

これは道教の養生部分で語られているのですが「元神」を守ることは人の修練に当たります。

この道教の「元神」に対し、明の時代の名医“李時珍”「脳は元神の腑である」という観点を発表し、この観点が発表されてから当時の中医学界では「元神は脳髄の物質的基礎である」という概念が出来ました。

そして「元神」の概念がはっきりしてくると、中医学の精神・心理の分類として「识神・欲神・魂・魄・意・志・七情」といった認知・思惟過程が感覚・知覚にまで派生して中医学理論に組み込まれた模様です。

ここまでの説明を聞いて不思議に思った方もいるかと思いますが、道教では「元神」は脳に蔵されているとなっています。

つまり“神”は脳に存在している、ということになります。

しかし、中医学基礎では“神”は心臓に蔵されており脳をコントロールするもの、と明確に説明がされています。

道教と中医学の“神”の説明に違いを感じますが、次の仏教の“神”の概念が中医学には大きく関わっているようです。

仏教で見る“神”

仏教で狭義の神にあたるものは「识神」と言われています

「识神」は仏教の概念の中でも輪廻学説の中の因果・報いを受ける精神の実体を指します。

ちなみに、道教の「元神」が先天の神であり、仏教の「识神」は後天の神に例えられています。

先ほど説明をした「元神」は脳に蔵されているのに対し、「识神」は心に蔵されています。

仏教の「识神」“思慮神”と表現されています。

これについては黄帝内経にはこのように書かれています。

任物者谓之心

黄帝内経 霊枢・本神 より

意味は、先に外界の刺激を感知するのはである、という意味です。

つまり心臓にある「识神」です。

「元神」は脳に蔵され、「识神」は心から発せられる。

ここからは私の解釈となりますが、中医学の概念に当てはめると心臓にある「识神」は心気を脳に向けて発することで、脳の「元神」をコントロールして心理・精神を統轄するものではないかと思います。

この「元神」「识神」2つの神について、黄帝内経では日常で“神”を守るために修練することが大事だと書かれています。

これは仏教の教えで常に心が動じないように、清らかでいる修行に当たります。

古代からの養生で大切にされてきた教えの様で、心の雑念を排除して、外界の動きに先に反応する心臓の「识神」の動きを徐々に弱めていくことは中医学において気功で人を治す治療家には必須だといいます。

気を練ることを練功といいますが、練功を行う人は雑念を排除した上で心を静かにした状態で意識を集中する必要性があります。

気功の鍛錬は調身、調息、調心といい、いわゆる無の境地に入ることで脳にある「元神」を最もコントロールできる状態が作られます。

私も中国で師に「中医で治療家になるならこの状態を作って治療に当たること」と教えられ、その後日本のお寺で座禅修行をしてきた過去があります。

その後も「心を無の状態にして治療にあたること」と多くの方に教えられてきましたが、

この調身、調息、調心の習慣は私達の養生にも大事な事で、心を調整することで体質改善・心身の健康を増進させることができる最強の養生習慣です。

この点を治療者が自分の養生、そしてお客さんの身体を良い方向に導くために、身体には“神”というものがあり、コントロールすることで人は無限の可能性が秘められていることを知っていても良いのかもしれません。

私自身、普段お客さんを見るに当たって、練功をしているという意識は全くありませんが、心を無にして施術をした時の方がお客さんの身体の反応が良く、良い方向に導くお手伝いはできているのかな?と思っています。

参考文献:严灿 著 「明明白白 学中医① 医道医理篇」

ABOUT ME
中医セラピスト・伊藤
中医セラピスト・伊藤
作業療法士として脳外科のリハビリテーションに携わった後、中国に渡り中西医結合医療現場にて渡航医療のリハビリテーションに携わってきました。この経験をきっかけに中医科に興味を持ち、 広州市の邦里国際医療団に所属。中医師助手として老中医師から中医基礎・臨床を教わってきました。 5年間中国で経験を積ませてもらい、現在は栃木県宇都宮市で中医関連の仕事をしています。 本場中国で教わってきた脈診、陰陽五行理論を使った経絡治療を得意としています。 ブログは中国でお世話になった方々の支援を得ながら書かせていただいています。