もう数年前となりますが、中国に住んでいた時に日本に一時帰国をした際に立ち寄るお寺がありました。
その時は私自身、中国での生活に疲れ切っていた頃で和尚さんに人生相談を度々していました。
和尚さんは仏教の考え方を教えていただき、困難にぶつかっている私に「自分の心に大きな器を作りなさい」と言葉をかけてくれました。
自分の器はどうやって作られるか質問した所、「苦労して今ある壁を乗り越えれば器は大きくなるよ」と教えてくれました。
相談をした当時は長い異国での生活に疲れ果てていたので「それなりに苦労してるんだけどなぁ~」なんて思いながら和尚さんの説法聞いていました。
しかし、その当時の問題が解決された後に、器ができたと実感出来たことがあります。
辛さに慣れて余裕が出た時に「あぁ、自分のストレスを受ける容量が増えたなぁ。器ができたのかなぁ?」とふと思ったことがありました。
皆さんもこのような体験があるのではないのでしょうか?
今回は自分の心の器についてと、器の中身の「減らすと増えて、増やすと減る」という陰陽の原則について、道教の教えから解説をしていきたいと思います。
老子の教え “器“と“気”
冒頭に紹介した“器”の例えは道教の「老子の教え」に登場します。
器を茶碗とした時に、
- 茶碗が存在しているのは「有」
- 茶碗に中身が入っていないのは「無」
だとして、世の中の物事は固有のものとして存在していると語られています。
「老子の教え」では“ある”“存在している”という固有であるという点から陰陽の気の話へと発展をしていきます。
世の中の物事は常に移り変わり変動するものであり“気”が合わさって成り立っています。
では、本題である“器”と“気”の話をしていきます。
茶腕にお茶も何も入っていない状態だと「空」であり、中身が「無」の状態ですと自分の中に新しい気を入れやすい状態となります。
しかし、茶碗にお茶が満杯まで注がれてしまうと、新たな外からの気が入りきらなくなってしまいます。
いっぱいで器から溢れてしまった状態は、自分の心が溢れた状態であり身を滅ぼすこととなってしまいます。
ここで老子は、「空のままでは器は器の役割を果たさず、度が過ぎてしまえば身の破滅を招いてしまう。大切なのは器に入っている気を維持することではなく、気を循環させること」と道の原則について述べています。
減らすと増えて、増やすと減る
前章で述べた“器”と“気”の循環については、
少し難しい言葉となってしまいますが、「老子の教え」ではこのように表現されています。
道は一を生じる。
一とは、世界に生じる現象そのものである。
一は二を生じる。二とは、現象の背後にある陰陽のからみ合いである。
二は三を生じる。三とは、陰陽の対立を超えた調和、つまり「中気」の作動である。
三は万物を生じる。つまり、陰を負い、陽を抱え、それを超えた調和たる中気から、万物は生成する。
安富歩 著「老子の教え あるがままに生きる」より引用
陰陽の万物の生じる過程を“道”で語られています。
つまり陰陽の法則で陰陽の気が存在し、それが太極図のように絡み合い、対立から調和をすることで新たなものが生み出されます。
人の心・自分の中にも新しい事を生み出すには、この陰陽法則が動いています。
万物が生まれるには陰陽が等しい分だけ存在して「調和」させることで存在するのであれば、人の心においても空の部分入れた分だけ、自分の中で「調和」がさせることができれば新しいことを生み出すことが出来る。
要は物事を自分の中で消化して、自分の考えとでなるまでの過程です。
そして新しい価値観が自分の中で形成される。
このような循環の流れで人は新しいことを受け入れ、変化に柔軟に対処できる心が作られるのではないかと思います。
では、それには条件があります。
- 器が空であり何もない状態である「無」の状態を作り出すこと
- 器が満ちていると溢れて自分を滅ぼしてしまうことを意識し、自分の心の容量を確認すること
この2点を意識することが大事です。
器の法則に基づき、人各々の器大きさは異なりますが容量によって、程よく新しいことを入れて、程よく古いものを捨て去ることが器の循環には必要なのです。
これが、これからの困難な時代を生き抜くための心の作り方・在り方のコツだと私は思っています。
心の器の気が「減らすと増えて、増やすと減る」の原則です。
人間関係における「減らすと増えて、増やすと減る」原則
この「減らすと増えて、増やすと減る」原則は、人間関係にも当てはまります。
中国古典の「菜根譚」の一説ですが、人間関係について鋭く「減らすと増えて、増やすと減る」ことについて語られています。
世間とのかかわりを減らす
人生においては、何か少しを減らせば、その分だけ世間とのかかわりから離れることができる。
たとえば他人との付き合いを減らせば、その分わずらわしさから解放される。また、口数を減らせば、陰口をたたかれることも減る。思案を減らせば、精神的な疲れも軽くなる。利口ぶるのを抑えれば、自分本来の心を取り戻すことができる。
減らすことを考えずに増やすことばかりを考えている人は、自分の人生を世間のしがらみでがんじがらめにしているようなものだ。
洪自誠 著 祐木亜子 訳「中国古典の知恵に学ぶ菜根譚」より引用
私自身、これに関しては思い当たる苦い思い出があります。
中国から日本に帰国した際に娘が小学校入学を控えていることもあり、住んでいる地域の人との付き合いを多くしていった所、精神的に疲れてしまいました。
情報を入れねばならない、と必死になっていたのですが「あれもこれも」としていたら人間関係でがんじがらめとなってしまいました。
その当時中国からの引っ越し作業もしていて、新たな人付き合いも入ってきて1人でパニックになってしまい体調を崩してしまったのです。
これこそ、器に「あれもこれも」と気が溢れて自分の身を滅ぼしてしまった状態ですね。
今思うと、もう少し余裕を持って「なんとかなるさ~」と心に空白を作っていた方が良かったな、と思う限りです。
私の苦い思い出を紹介させていただきましたが、仕事や生活において人付き合いでいっぱいいっぱいになっている方も多いのではないでしょうか?
人に良く見られたい、と思って常に立ち回っている人は心の器がいっぱいの方が多いです。
自分は大丈夫と思っていても身体が疲労状態となってしまい、身体が心に付いてこなくなっている方も多く見られます。
こういった方は皮膚・筋肉がバリバリに張った実証の状態となっており、脈診をすると身体が「休みたい!」悲鳴をあげていたりします。
こういった方にとって必要なのは心を「空」にすることであり、今ある環境から離れて休むことが必要です。
その際に、よく勧められるのが、旅行です。
この点は欧米人が旅行を使った休み方が上手いですよね。
欧米人だとバカンスに行って「何もしない~」休暇を1ヶ月過ごして心を「空」の状態にして仕事に戻ってくるので日本人より息抜きが上手いと思ってしまいます。
何よりも1か月も休暇がとれるなんて羨ましい…。
少し脱線してしまいましたが、今のいっぱいいっぱいの環境から離れて心を「空」にすることは自分の身を削らないために必要な事なのです。
今ある環境から離れて自分を守る対処も時には必要です。
この章では人付き合いにスポットを当てて心の器の「減らすと増えて、増やすと減る」原則に触れさせていただきましたが、これから様々な面で困難な時を迎えます。
自分が時代の変化に適応できるだけの柔軟な考え方・対応が何よりも必要となります。
何か困難があって自分を変えねばならない時は、この陰陽の「減らすと増えて、増やすと減る」原則を意識してみて下さい。
参考・陰陽文献:
安富歩 著「老子の教え あるがままに生きる」
洪自誠 著 祐木亜子 訳「中国古典の知恵に学ぶ菜根譚」